top of page
Vol.12
言えなかったありがとう
ネパール大地震②

 「ありがとうもいえなかった。とても優しくしてくれた母だったのに…」。サニス・ドジュ(26)は、赤々と暗闇を照らす母サンタマヤ(56)の火葬の炎をじっと見つめていた。

 

 4月25日、マグニチュード7.8の大地震が襲ったネパール。同国中部の古都、バクタプルで29日、母親が見つからないサニスらのもとにやってきた日本の救助犬が、倒壊した自宅の台所付近を吠え示した。それを受けたネパール軍兵士20人ほどがスコップを手に煉瓦と土を掘り出していく。作業が始まって2時間。夕刻がせまり、あきらめの空気が広がり始めたころひとりの兵士が叫んだ。「いたぞ!」。兵士が指し示す先には、人の背中らしきものが見える。「はい、間違いない」と、身につけていたものからサニスは母親だと確信し兵士に告げた。瓦礫と土にすっかり埋まり、すでに息絶えていた。

 

 土をかき分けそこから出されたサンタマヤの遺体は兵士によって道まで担架で運ばれると、彼らに代わってすぐにサニスら親族が数百メートル離れた火葬場まで運んだ。ヒンズー教では死亡後できるだけ早く火葬することが良いとされているからだ。夕闇の中、家族の嗚咽が街に響く。すでに通常の火葬台は犠牲者で埋まっていたため、脇の空き地で火葬が始まった。母親の火葬を取りしきる立場のサニスは、懐中電灯の明かりを頼りに儀式を始めた。儀式を終えると、母の体に火がつけられた。暗闇の中に赤々と光る炎を、サニスら親族は黙って見つめていた。

 

 数日後、私は再びサニスに会った。農作業、家事をこなしながら5人の子供を育て、淡々と我慢強くすべてをこなしていたと、母のことを話してくれた。サニスの家族は市内の避難キャンプでテント生活が続くが、そこには母の形見の品はひとつもない。彼は「突然のことで頭が空っぽ。なにも考えていなかったな」と、母の火葬時のことを語った。

 

 慣例に則って頭髪を剃り白衣を身につけたサニスは寺院に赴いた。毎朝夕に寺院でお祈りを行っている。母からそのたくましさを受け継いだかのように、家族を養うために既に畑仕事を再開していた。

​写真 文/岩波友紀

bottom of page